平成3(1991)年4月1日、袖ケ浦町は人口が5万人を超え、市政が施行され袖ケ浦市となりました。県下で29番目の新しい市として誕生しました。 平成9(1997)年には、神奈川県川崎市と木更津市を結ぶアクアラインが開通。 市政施行10年目の平成13(2001)年3月にはテーマパーク東京ドイツ村がオープンし、新しいランドマークとして期待されています。
電 車 JR内房線袖ケ浦駅下車。千葉駅から各駅停車で約30分。千葉駅から長浦駅へは約25分。横田駅と東横田駅へは木更津駅でJR久留里線に乗り換えます。 自動車 館山自動車道姉崎袖ケ浦ICから県道24号経由、国道16号で市街地へ。東京湾アクアラインを利用する場合、袖ケ浦ICまたは木更津北IC下車。
日本武尊が走水(東京湾)を渡る際、大時化に遭い、妃の弟橘姫が海神の怒りを鎮めるため海中に身を投じました。 その妃の袖が海岸に流れ着いたという「古事記」の伝説から「袖ケ浦」の地名が生まれたそうです。
「ガウラ」の由来は、外国の人が「そでがうら」と発音するのを日本人が聞くと「がうら」だけが強く聞こえるところから名づけられた。出身地は千葉県袖ケ浦市坂戸の森、身長160センチメートル、体重50キログラム。
飽富神社平安時代の書物にその名が記されている古社です。毎年1月14日未明から15日にかけて、筒粥神事が行われています。筒粥は粥の中に葦の筒を入れ、筒の中に入った粥の分量でその年の農作物の作柄を占う神事です。 坂戸神社の森学術上貴重な極相林で、当地域では数少ないスダジイ・タブノキを主体とする、常緑広葉樹林であり、県天然記念物に指定されています。日本武尊が戦勝祈願したと伝えられている坂戸神社や、全長62mの前方後円墳である、坂戸神社古墳が森の中にあります。 延命寺神亀元年(724)に行基によって創建されました。県指定文化財絹本著色両界曼陀羅図、市指定文化財の版木、豊臣秀吉禁制を所蔵。宝永年間に造立された百地蔵があり、現在も多くのお札を貼り、人々が参拝しています。 かしま人形(春日神社)稲わらで等身大の人形を男女2体作り、鳥居の前に並べ、疫病退散と五穀豊穣を祈願します。 旧進藤家住宅江戸末期に知行主の御地方役をつとめた進藤家の建物。19世紀前半に建てられ、現在袖ケ浦市郷土博物館の屋外施設として移築され保存・活用しています。 お田植え神事(飽富神社)苗に見立てた葦やナラを神前に供えて祈願し、鳥居の下で田植えの真似をして稲の豊作を祈ります。葦苗は家々に分配されます。 湯立て(神明神社) 境内に置かれた大きな釜に湯を沸かし、そこへ隈笹をひたして参詣者に振りかけ、疫病退散を祈願します。1月15日には八幡神社でも行われます。 瀧泉寺と銅造地蔵菩薩坐像 瀧泉寺の銅造地蔵菩薩坐像は、僧堅秀が寺中繁盛、郷内安全を祈願し、享保20(1735)年に開眼。